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2009年5月31日 - 2009年6月6日

2009年6月 6日 (土)

ペンとインクの相性。

万年筆のインクの話の続き。

純正使うのがいいっていうが……
ごもっともともご道理とも思うのだが……

非純正と組み合わせた方が好みに合う確立が高い
んだよな。
メーカーの人には怒られそうだが。

さんざ言ってるセーラー万年筆+プラチナインクも、
カートリッジを使ってた時より勝手がよくなったし
(だから諦めきれない)。
パイロットのカスタム74も、以前は純正インクを
入れていたのだが(コンバーター使用で)、貰いものの
ペリカンBBを入れてからの方が幸福だ。

明らかに合わないと思う組み合わせももちろんある
わけで、だからこそ色々試すのは面白いんだが、
時々「何と何なら合うんだよバカヤロー」といいたく
なることもある。
そしてしくじっちゃったインク1瓶、一体どうすれば……

そうそう。
最近、博士万年筆についてるパイロットのコンバーター
(CON-70)が、ウォーターマンの黒インクで棚吊りを
起こしてるのに気づいた。

黒はウォーターマンが好きなのだが……
むむむ。

2009年6月 5日 (金)

残念ながら。

salior+ペリカン赤インクでしばらくの間幸せだった
のだが、また棚吊りが発生してしまった。
……インクが出ない……

コンバーターの個体差とか、古くなると発生しやすく
なるとか、そーゆーのってないのだろうか。

だって、初めのうちはセーラーのコンバーターに
プラチナの赤インク入れて何ら問題発生しなかった
んだよ?
それで、ずっと機嫌よく使ってきたのに。
何か納得いかないんだよなあ。
赤インクはつまったり固まったりしやすいって言うしさ。
ペン+コンバーターは時々洗ってるんだが……
あ、ちなみにインクは古くないです。
1、2ヶ月でボトル1本ぐらいは使うから。

という訳で(どういう訳)、今度はカトウセイサクショの
金ペン(吸入式)にペリカン赤インクを入れてみた。
とりあえず、今は大変いい感じである。

このペンとプラチナの赤インクの相性はイマイチだったが、
今回は吉と出るや否や。

2009年6月 4日 (木)

アリ避け。

温かくなってきたせいか、時々、台所にアリが出る。

おうさま、ゴッキーは得意だがアリは苦手らしい。
問題はスピードかサイズか、あるいは。

アリ対策には北見名産薄荷オイル(*)を愛用。
洗った後の台布巾に垂らしてたんだが、消臭も兼ねて
重曹にプラスするといい、という情報をゲットしたので、
現在試してます。
最近ほとんど見ない(たまに1、2匹いるが)ので、多分
結構効果あるんじゃないかなと思われます。

重曹を蓋のない器に入れて薄荷オイルを垂らすだけ。
おうさまが触れない位置におくようにしておりまする。

(*)食用OKというもので、東急HANDSで1,050円でした。

2009年6月 3日 (水)

もうひとつ・鴨川ホルモー@吉祥寺シアター

原作のことも出演者も全く知らなかった(スマン)のだが、
「焼肉ドラゴン」の鄭義信が作・演出を担当すると聞いて
いってみた。

京大の新入生が訳も分からず謎のサークル「京大青龍会」
に入ってしまい………という物語で、真面目なサークル
活動が実にバカバカしくてオカシイ。
体張った「鬼語」が見所のひとつ(だと思う)。

奇想天外なのに妙に具体的な青龍会の設定は面白いし、
元気のいい役者たちを見てるのも楽しい。
もちろんディテールは全く違うが、大学生活って
大体こんな雰囲気だったなぁ、今もそんなに変わって
ないんだなぁ、などと、わずかに残る記憶(けらい、
過ぎたことはどんどん忘れる)と照らし合わせて
しみじみしたりもした。

細かいことを言えば、2年に1回しか新人入らないのに
今代表が499代目で、儀式に使われる曲が「レナウン娘」
って計算あわなくないか?等の疑問は残る。
脚本もね……
会長の言葉を疑ってた新人ちゃん達がいつの間にやら
「見えている」どころか「鬼操ってる」ってのは
ナシなんじゃん、とか、サークルのたまり場である
「べろべろばあ」の店長の名前が主人公と同じ安部だ
なんて最後の方でぽろっと言うなよ知らないよ!とか、
まぁ、色々あるわけだが……

コメディにマジでツッコミ入れてもしょうがないし。
楽しめたです。
途中まで。

不覚にも2幕途中まで気づかなかった。

こんな愉快な設定を創り出しておいて、

結局サークル内恋愛の話なんだねこれは?!
(原作は違うかもしれないが)

申し訳ないのだが、けらいは恋愛小説には何ら興味が
ない。
というか、「当人以外の人間にとってはどーでも
いいこと」を描いたフィクションには興味がわかない。
企業内のポスト争いだの不倫ものだのにも、
同じ理由で食指が動かない。

誰が誰を好きで、誰が片思いで、振られて、なんて話、
他人にとっては無意味な情報である。
そりゃね、自分のことじゃなくても、たとえば
知り合いの恋愛みて「ああいうのがタイプか」
「思ったより甲斐性あるんだな」「げっキザ過ぎ」
等と面白がることは可能だ。
が、そんなのは一時の盛り上がりネタレベルの情報で
あって、所詮は些細なことである。

狭い範囲でちまちま繰り広げられるみみっちい話、
フィクションで読んでどーするよ。

本作の主人公も、次が出たらあっさり乗り換える、
程度のレンアイでまぁ騒ぐわ騒ぐわ。
席が前方だったせいもあろうが、最後は
「ええい喧しいっ!」
と、一喝したくなりましたです。

鬼の話で終わってくれたらすごーく楽しめたのに……
この展開なら、別にホルモーじゃなくたって
何だってよかったじゃん。
集団戦であれば、サッカーでもホッケーでも何でもさ。

とまぁ個人的には裏切られた思いだが、楽しい
舞台だったのは確かなので、そこんとこよろしく。

ps
「代替りの儀」最後までやっちゃいますぜ。
(そして「レナウン娘」がクセになって頭の中を
ぐるぐる回る……)

2009年6月 2日 (火)

今度はさくさく・『流れ星』@シアターサンモール

熟年離婚を考えていたヒロインの夫が、突然
この世を去る。
初七日を済ませた妻の下に、いきなり魔法使いが
現れ、4つの願いをかなえてやろうという。
妻は青春の70年代に戻り、歴史を変え、別の男と
結婚して人生やり直そうとする……

と来れば、まぁ結末は想像付く。
ハイ、アタリです。
そんな感じの話。

作・演出・主演の宅間孝行が随分いいとこ持ってく
劇団である。
これまで2作しか見たことないが、いずれも
「最後宅間さんが死んで主演女優が号泣」で
終わるってのはどんなもんかのう。
まぁ、主宰なんだからいっか。
(でも冒頭の夫はもちっとヤなヤツにした方が、
主人公に共感しやすくなると思う。過去と現在で
もう少しキャラに統一感も欲しいところ)

奇妙な人が出てきたり(怪演だ!)、勘違いが
ドタバタを生んだりで笑わせたりもするが、話の
基本には善意や温かさ、リーフレットの表現を
借りれば「本気」な思いが描かれている、と思う。
確かに、家族にはうっかり甘えてしまいがちだし、
言わなくていいことを言ってしまったり、言わないと
いけないことを言えなかったりする。
劇中のシチュエーションはあり得ないにせよ、
共感しやすい芝居ではあると思うんだよね。

ということで楽しめたが、正直言えば、

「人間、超能力持ってるわけじゃないんだから、
いっくら思ってたって伝えなきゃ伝わらないに
決まっておろーが。
先の心配してる暇があったら今、たった今、
目の前にいる人を大事にせんかい。
将来のために金貯めるのとは訳が違うぞ」

と思ったです。

頑張れ日本のお父さん。

ps
70年代の若者は、本当にああいう喋り方をしていた
のだろうか……???

東京セレソンDX『流れ星』@シアターサンモール
2009年5月20日(水)~6月14日(日)
会場:シアターサンモール

2009年6月 1日 (月)

「来年こそは」@紀伊国屋サザンシアター(その3 )

続きね。
例外である主人公の母親は愛すべき老人であるが、
自分の来し方が絶対であるという信念をもったこの
女性が時に妻を傷つけ、苛立たせることもある。

経験は大事だ、もちろん。
そもそもイキモノは経験値を上げることによって
生存競争を生き抜いていくわけだし。
たとえ頭で知ってても、実際自分でやってみないと
わからないことはたくさんある。
何かを経験することで人は変わり、成長も出来る。
と、いうことは充分理解した上で、

経験は、時々恐い。

自分が経験してきたことは、そのまま自分の基盤に
なる。
だから人は信じる。「経験したことなんだから、
確かだ」と。
長く何かをやってきた人ならなおさらだな。
自分はこのことをよく知っていると思う。いや、
実際よく知ってるんだけど。
でも、当然のことながら、「何もかもすべて経験
する」ことは出来ない。
たとえ限られた範囲内であってもね。
当然「経験の枠外」エリアも存在しうる。
また、経験はあくまで「来し方」のことである。
先のことは誰にもわからないわけで、それでも
なんらか判断を下さなきゃならなくて、だからこそ
己の体験を元に考えるわけだが。
経験に自信がある人ほど、「自分が知らないことも
ある」「状況が変わってる可能性もある」ことを
忘れがちである、ような気がする。
自分がこのやり方で成功したんだから、他の人も
出来るはずで、出来ないのは努力が足りないからだ、
とか。
自分がヒットを出した時と同じ事をすれば、また
同じようにいい時代がやってくると思うご高齢の
方(誰とはいわないけど~)とかさ。

いや、別に、劇中の人物が具体的に経験則に
頼ってどうこうするシーンがあるわけじゃない
のだが。
「これからの農業はかくかくしかじか」等の台詞を
聞いていて、何となく思ったんだよね。
人は自分というフィルターを通してしか、世界を
認識できない。
経験にとらわれて見えなくなる、という罠に
はまりたくないと思う。
だってそれってやっぱりオノレを過信してるって
ことだから。

それとは別に(まだ言うのかよ)こうも思う。
「食べる」こと、「食べ物を作る」ことをもっと
大事にせんとイカンよ。
生産者は今以上にリスペクトされにゃ。
安くて楽で、ばっかりいってる場合じゃない!
(そもそも「安くて便利」な食い物って胡散臭いよな)

舞台から限りなく逸れた感想でスミマセン。

色んな事を考えさせられる芝居でありました。

2009年5月31日 (日)

「来年こそは」@紀伊国屋サザンシアター(その2)

テーマはシリアスながら最後は希望を持たせて終わる
タイプの芝居で、泣かせるいいエピソードもある。
だが、何かすっきりしないなぁと思ったのは、
基本的に「男性キャラはだいたいいい方に変化して
清々しいラストを迎えているのに対して、女性キャラは
無変化か、あるいは悪役を振られている」ような
気がしたからだった。
唯一の例外は「おおおばあちゃん」だが、彼女は
主人公の母親だから、普通の女性とは別枠と考えて
いいと思う。
なんたって息子にとって母親は特別だ。

愛すべき頑固者である主人公は一人で頑張ろうと
する(それがしばしば周りに迷惑だったりする)が、
芝居の終わりでは本来の立ち位置に戻ってやり直す
決心をする。
主人公の息子は農業を嫌って都会へ出、ビジネスを
起こし成功した(ちゃんと成功するんだよねこれが)
が、やがて故郷へ戻る決心をする。しかも、かつて
家を出て行った時にはそれなりの理由があったことも
示せ、万々歳となる。
ゲーム三昧のクソガキだった孫は、自然に触れて
劇的に変化し、前向きないい子になる。
(つまり、息子の嫁はマトモなしつけの出来ない女
だったということにもなるわけだが。父親である息子
にも責任はあるハズだが、それは息子自身の変化に
よってうやむやになった感あり)
主人公の甥は過激とも思われた主張が理解され、
叔父である主人公と理解しあう。

一方。
主人公の妻は農場の経営状態をきちんと知らされず、
状況を問えば夫に怒鳴られる。結婚時には仕事を
取り上げられ(彼女は都会育ちらしい)、家計が
苦しくなった今は資格の要らない肉体労働について
丸一日働き、家事が出来ていないと姑に軽くイヤミを
いわれる。
農場を手放したら母が辛い思いをすると大声で語る
夫は、目の前にいる妻の苦労には無頓着である。
(言わなくても分かるって?甘えんなよ)
息子のかつての恋人は外資系企業に勤め、農地を
手放し、農薬を使うことが「利口なやり方」だと
勧める役どころである。
これが主人公の生き方と相反することは言うまでも
ない。
登場すらしない息子の嫁は、農園の全てを嫌い、
ビジネスに熱中して子どもを捨てる鬼のような存在
として描かれる。
あまり出番がなく、ゆえにさほどイヤな部分を
振られていない主人公の妹も、自分は都会生活を
満喫しながら「思い出の場所を手放すなんて」と
兄を批判するような、身勝手で能天気な人物だ。
男性で唯一ぱっとしないのはこの妹の夫だが、彼は
札びら切る都会の男なので、男の中には入らない
のかもしれない。

本戯曲は実際にあったことを元に作られたというし、
現実にもこういうことは多々ある、のだろう、多分。
農場は男の世界だろうし。
でもさ、フィクションでこれはちとナシでない?
男女でこんなにくっきり明暗分かれるってなんなんだ。
でもって、多分男目線で見ると気づかないんだよ。
困ったもんだ。

更に続く。

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