文章の「美味しい」。
昨日の続き・蛇足。
根が不精なけらいは、あまり手の込んだ料理工程を
読むと、それだけでなんだか疲れる。
「美味しそうだなぁ」より先に「えらいこっちゃ」と
思ってしまうのだった。
読むだけなのに。
自分でやるわけでもないのに。
(やろうにも出来ないだろっ)
昨日の続き・蛇足。
根が不精なけらいは、あまり手の込んだ料理工程を
読むと、それだけでなんだか疲れる。
「美味しそうだなぁ」より先に「えらいこっちゃ」と
思ってしまうのだった。
読むだけなのに。
自分でやるわけでもないのに。
(やろうにも出来ないだろっ)
ここ何ヶ月か、「週に1つはやったことないレシピを
試す」を課題にしている。
といっても絶対ルールではなくて、「やれたらね」
ぐらいで、厳しい時は無理はしない。
とりあえず今週は4勝1敗。
食べるのは好きなもので、よさげなレシピがあると
保存してたのが溜まりに溜まってきたので、ここらで
何とかせにゃイカンと思って。
舌と手のマンネリ化を防ぐと同時に、オノレの目の
検証にもなるかなと。
「この材料とこの調理法ならきっと好みに合う」と
思って取っておいたレシピがハズレだと、「まだまだ
修行が足りないぜ」と肩を落とすことになる。
文字から味を想像するのは楽しいが難しい。
難しいが楽しい。
文字に刺激された想像力が、この世にふたつとない
ぐらい美味しいものを作り上げる、こともある。
(米原万理のエッセイに、「想像上の寿司が一番
美味しかった」というような文章があったなぁ、
そういえば)
書き手と読み手の頭の中が(時に著しく)違おうと、
美味の幸福は伝わるのが面白い。
という訳で、食べるのも作るのも読むのも好きだが、
「食べ物を美味しそうに描くのはとても難しい」と
よく言われる通り、おおそりゃ美味そうだと単純に
うっとり出来る記述にはそう簡単には巡りあえない。
最終的には、食材も料理法も文章も好みだしねぇ。
食も文も主観的なものだから、他のジャンル以上に、
書かれている以外のことが引っかかりになって
しまうこともある、ように思う。
自分の好みを絶対のように言うようなココロの狭い
ヤツが人として論外なのは言うまでもないが、
例えば、書き手が作らず食べる人である時、別に
料理人への尊敬が足りてないとか書き方がタカビシャ
だとかでなくても、どこかで「批判する前に自分で
作ってみろよ」と思ってしまったり。
逆に、エラく料理上手な書き手に上から目線で
威張られると腹立つしね。
小説以上に書き手読み手の人間性が現れるというか。
エッセイというのは難しいものである。
(変なオチである、我ながら)
ちなみに今、開高健のエッセイ『巷の美食家』を
読んでいる。
あちこちに掲載された作品をモザイク編集したのか、
文中に「前回書いた通り」とあるのにその「前回」は
収録されていなかったりして、あれれという目に遭う
のだが、それはまぁともかく。
これは角川春樹事務所の「グルメ文庫」とやらいう
シリーズで、グルメ文庫というからには文庫本なのだ
けれども、よそとは大きさが微妙に違うのか、夏の
キャンペーンで角川書店から貰ったブックカバーに
入らなかったのだよね。
で、新潮YONDA CLUBで貰ったブックカバーなら
入るんである。
ちょっとばかり釈然としない。
まぁ、ハルキ文庫は角川文庫じゃないけどさ……
文庫本、単行本は変形にせずにサイズを揃えて
欲しい……収納やらなにやら不便じゃんよ。
実は、見てて思ったのだった。
「この台詞、前に読んだような気がする」
だが、話の展開もいちいち新鮮。
ラストシーンは素直に驚いた。
……いくら何でも、ここまで忘れてるのは
おかしい。
知ってたと思ったのは気のせいだったのか。
けらい、戯曲は好きで時々読む。
見た芝居や見ると決まった芝居を読むことが多いが、
見るアテがない状態で読むこともある。
この作品は邦訳も出版されているので、読んでても
何ら不思議ではない。
でもねぇ。
読んだとしたら、こうキレイに忘れるってことは
なかろう、いくら何でも。
帰宅。
確認。
……読んでるじゃないか……
2度楽しめてお得と思うべきなのか、頭の状態に
絶望すべきなのか。
前者といいたいところだが……
ちなみに、
「ハイライフ」邦訳は「サラ」と合わせて
彩流社から出てます。
本を読むのは好きだが、買うのも好きだ。
本屋に入って買いたいものが見つからないと、
未練たらしく粘って莫大な時間を費やすことになる。
「買うものがないとつまらない」というようなことを
植草甚一がどこかで書いていたように思うのだが、
(スミマセン、うろ覚えで)全くもって同意である。
新刊書店も図書館も古本屋も好き。
……なんだが、実のところ、神保町は苦手であったり
する。
「金ペン堂」の記事のところで書いた、閉店時間の
早さのせいだけではない。
あまり本屋が多いので、息が出来なくなるのだ。
ある店に入る。
ぐるっと見て買い物などする。
何軒か繰り返す。
当然、時間が経つ。荷物も増える。疲れてもくる。
そろそろ引き上げた方がいい、ということになる。
だが、ここで思ってしまうのだ。
「もしかしたら、もしかしたらこの隣の店に
探していたあの本があるかも知れない……」
あるいは、
「もう一軒足を伸ばしたところで、運命の出会いを
するかも知れない……」
もういい加減帰った方がいいと理性はいう。
だが判断しきれない。
ここで帰ってしまって、素晴らしい何かを逃して
しまうんじゃないだろうか……
まぁ、要するにいやしいということなのだが。
という訳で、けらいは神保町が苦手である。
いつかはヨユーで遊べるようになりたいものである。
読みました。
面白かった。
スミマセン、すんごく遅くて。
猫村さんのマッサージよさそうだなぁ、
気持ちいいだろうなぁ、と思いながら、
おうさまの顎をマッサージする
けらいであった。
(けらいなんだから当たり前)
両手がふさがっているので写真が撮れません。
重ね重ね申し訳ない。
数少ない定期購読雑誌・ビッグイシューのことは
以前にも書いた。
が、またしつこく書く。
ホームレスの人々の自立への支援を目的とした、
月2回発行される雑誌である。
創刊号は逃したが、多分3号ぐらいから全部読んでる。
社会問題を扱うことが多いが、内容は多様である。
短編小説が載ることもあれば、劇評が出ることもある。
ブックレビューや料理のレシピもある。
意見が合わないことも多々あるのだが、毎回変わる
特集で初めて知ることも多いし、巻頭のリレー
インタビューも楽しい。
(俳優が指名されるとその後ずっと俳優続きになるのは
ちょっとどうかと思うが、みんな異業種の友達持って
ないのだろうか……)
前振りがやたらと長くなった。
ビッグイシューはホームレスの人たちが路上で販売
している。
で、
その販売員の1人のポートレートを展示する写真展が
今、開催されている。
見たのが遅かったので、あいにく明日の17:00で
終わってしまうのだが、機会と時間がある方には
見ていただきたいな、と思う。
自然で穏やかな表情の写真ばかりである。
(ポーズも堂に入ってる……)
家族や恋人の写真にはない、適度な距離感が心地よい。
個人的に、色合いも好みだ。
(コダックのポートラNCってのは好きなフィルムなの
だよな……)
他の販売員の人のポストカード、関連書籍の販売もあり。
(料理本は特にオススメだぜ!)
雑誌のサンプルもあります。
会場はギャラリー二モードというところである。
よい雰囲気だが、正直言って分かりにくい。
迷子になって会場に電話する人、途中で挫折する人も
多いのだそうだ。
多分、渋谷から行こうとするより、竹下通りを曲がって
細い道をまっすぐ行った方が簡単であるように思う。
グッドラック。
本スキーの常として、好きな古本屋がいくつかある。
品揃えだけじゃなくて、棚の並びとか中の雰囲気とか
売り手の感じとか、まぁ色々。
あ、といってもそんなに何軒もはない。
そして、好きだから足しげく通ったりもしない。
もちろんお店の人と親しくなったりもしない。
……という程度の「好き」なのだが。
実はけらいには、
「好きな古本屋で買った本はそれなりの率で外す」
というジンクスがある。
見る目がない、といわれれば、まぁそれまでだ。
店の雰囲気に引きずられるのか、
好きな店にいるからハイになっているのか、
なんだかよく分からないのだが。
店は好きなのだし、買った本全部がハズレって訳でも
ないから、また足を運ぶ。
で、外す。
繰り返し。
けらいがループを抜ける日は来るのか。
雑誌が苦戦しているというニュースを見た。
実は。
過去にけらいが定期購読していた雑誌、6つ中5つが廃刊に
なっている。
唯一残っているのが今取ってる雑誌なのだが、これも
いつまでもつやら、不安をぬぐいきれない。
疫病神か、自分。
ちょっぴりばたばたしております。
更新が滞っててスミマセヌ。
『海月書林の古本案内』
市川慎子
PIEブックス(2004/10)
価格 ¥1,680 (税込)
ISBN 4-89444-358-9
「女子供古本」は可愛くてキッチュでステキだ。
ずっと眺めていたい。
が、所有したいとは思わない。
見て、愛でて、それで充分である。
だから、こうやって本の形で所有するってのは、
なかなかよいです。
万年筆やカメラ本と違って物欲も刺激されないしね。
『生半可な学者―エッセイの小径』
柴田元幸
白水社 (1996/03)
ISBN 9-78456007-333-9
価格 ¥997 (税込)
薀蓄ってのはやっぱり面白い。
「狭いながらも楽しい我が家」は日本特有の感覚である、
とかね。
優秀な著者ののほほ~んとした自己肯定に、「エライんだ
もんなーこの人は」と思ってしまうことはある、正直。
ネタが既に古いんじゃないかと思うところもある。
でも、やっぱりその道の第一人者はいろんなことを知って
るんだよなー。って当たり前か。
『半落ち』
横山秀夫
講談社 (2005/09)
ISBN 9-78406275-194-0
価格 ¥619 (税込)
事件に関わる男たちのオムニバス形式で描かれる、
妻殺しの物語。
誰一人共感できる人物はいないものの、次がどうなるのか
気になってやめられない。面白い。
……のに、最後の章でばたばたばたと○○先(自粛)が
わかって、やたら爽やかな……(再度自粛)で、さあ
泣け!といわんばかりの演出をされたら冷めちまった
だよ。いやいやあれはナシだろう!
注)上記伏字の文字数は適当です。
あと、「星の王子さま」新訳・光文社文庫版を読んだ。
タイトルは「ちいさな王子」である。
野崎歓・訳 光文社 (2006/09)
ISBN 9-78433475-103-6
価格 ¥579 (税込)
いい話だとは思うし、岩波版だけが完全とも思わないが、
やはり慣れ親しんだのと違う言葉には違和感を覚える。
これはあくまで「誰に最初に出会ったか」の問題なのだろう
から、この翻訳がどうこうということはないのだが。
なかなか切り替えが出来ないようでございます。
田辺聖子 『田辺聖子の古事記』
古事記、好きで嫌いで好き、かな。
やっぱり勧善懲悪ってのは偉大な「発明」だと思う。
古事記にはカタルシスがない……
心理描写もなく、やることは乱暴で、しかも因果応報に
ならないから。
今時の若者は簡単に人を殺すというが、古事記の昔から、
日本人は簡単に人を殺していたんじゃないか、という
気にさせられる。
それぞれのエピソードは興味深かったんだが、神や人の
名前が難しくて覚えられず、結局誰が誰でどういう関係
なのかイマイチよく分からなかった。
歌も意味がつかめなかったので、訳文しか見なかった。
つまり、原文に近いところは全然分からないという訳で。
古典の知識がないってホントに悲しい。
集英社文庫 1991年07月
ISBN-10: 4087497240
ISBN-13: 978-4087497243
**
松岡正剛 『知の編集工学』
当たり前のことを改めて定義し直し、正確に、まどろこしく
いうのが学問の前提であった……ということを思い出した
なりよ。
生きるということは編集するということである、というのは
分かったような気がしてやっぱり分からないような気もする
が、物語にパターンがあることや情報が一直線に処理されない
ことなどは実感として分かる。
なんか、前からぼんやり思っていたようなことを「学術的」に
すぱっと言ってもらえたような爽快感がある。
面白かった。
朝日文庫 2001年2月 価格 ¥ 672 (税込)
ISBN-10: 4022613254
ISBN-13: 978-4022613257
例によって、最近読んだ本からピックアップ。
東海林さだお 『ゴハンの丸かじり』
前あげた米原万理『旅行者の朝食』に、この人の著作の
ことがでていたので、読んでみた。
……確かに、これは海外生活者には拷問本だろうなあ。
特別なメニューではない、むしろジャンクなのだが、
美味しいもののてんこ盛りだぁ。
ものが食べ物だけに、章によっては「ちと大仰過ぎないか」
「意見合わず」なのだが、全般的には面白い。
お茶筒を開けたときの感じ、まさしくそうそう!
うまいこと言うなぁ。
文春文庫 2006年02月 価格 ¥ 500 (税込)
ISBN-10: 4167177633
ISBN-13: 978-4167177638
**
中島らも 『永遠も半ばを過ぎて』
ああ面白かった。と、すんなりいえるホラ話だった。
途中で一人称キャラが一人増える点はちょっといんちきだ
と思ったが、借金の件から出版、飲んだくれ評論家から
恋愛まで、キレイに片付いて終わるところがいい。
読後、すっきり出来る。
話が嘘くさいのはいいんだよ。だってホラ話だもん。
2人の女性キャラもいい感じである。
初めの詐欺話がややタルイのも許す。
今度は自分の言葉で何か書けば、といわれた主人公が
プロポーズの言葉を書くってのがいいよなぁ。
文春文庫 1997年09月 価格 ¥ 490 (税込)
ISBN-10: 4167585014
ISBN-13: 978-4167585013
**
『サンシャイン・ボーイズ』ニール=サイモン/酒井 洋子 ハヤカワ演劇文庫
話し言葉としては結構不自然な言い回しが多いと思うが、
実際上演されたらしい。
「~でしょ」「~じゃない?」という語尾も、耳で
聞いたらそうでないのかも知れんが、字面で追うと
オネエ言葉みたいで抵抗ある。
Parcoの上演台本(この劇評は後に)とは大きく違う
ところが2つあって、それが誰による変更なのかはよく
わからないが、物語として考えた場合は本書の方が
流れが自然であるように思う。
文字で読むせいもあって、2幕目のショー部分は正直
面白くない。これが思いのほかに長いからキビシイ。
その点、三谷幸喜の帯文は誇大広告であると思う。
外国の、しかも古い時代のコメディなんだから仕方ないと
いえばそうだが、笑えない……解説で翻訳者が「この
程度のレベルだから結局生き残れなかったのではないか」
といっているが、じゃあ30年続いたコンビってところは
どうなるんだ!というところは解決されない。
アルとウィリーが一流にちょっと足りない、ぐらいの
人たちでないと、この芝居は成り立たないと思うのだが……
そしてそれってすごく難しいことだと思うのだが……
早川文庫 2007年1月 価格 ¥ 714 (税込)
ISBN-10: 4151400052
ISBN-13: 978-4151400056
**
菅原一剛 『写真がもっと好きになる』ソフトバンククリエイティブ
見つけるのにずいぶん苦労した1冊。
「ほぼ日刊イトイ新聞」ほとんど読んだ内容だったから
迷ったが、ファンなので購入。
文章はほとんど読んだもので、内容は抽象的だから、「早速
今日から実践だ!」といえるほど手軽じゃないし、これ
読んでさっと理解するのは、実は結構難しい気がする。
でも、こういう基本以前のところは大事にしたいなとも思う。
人柄を感じさせる文章である。やっぱりね、出るよ、作品に。
残念なのは、中の写真が暗すぎること。
目を凝らさないとキリンに気づかないってのはちょっとな。
それと、ベトナムで黙って女の子を撮った話は……
金持ちニッポンの傲岸なカメラ男ではないと思いたい。
ソフトバンククリエイティブ 2008年4月 価格 ¥ 1,680 (税込)
ISBN-10: 4797347406
ISBN-13: 978-4797347401
けらい、かつては旅好きだった。
年に複数回、海を越えた時代もある。
(今は金銭的に出来ないけどな……)
ところが、おうさまがいるとなかなか難しい。
いや、別にけらいが留守にしていてもおうさまは
気にしていないと思うが(しくしく)、こちらが
長く家を空ける気にならないんである。
けらい母やけらい妹は仕事で家を空けるが、
けらいはとりあえず留守番である。
(とはいえ、1日留守ということはよくある。
夜には帰ってくるというだけのことだ)
でも、たまにはどっか行きたいねえ。
ということで、今のマイブームは川本三郎作品。
ぶらり歩きに憧れる。
しかし、距離が近いから簡単かというと、必ずしも
そんなことはない。
1 いくら街を歩いても、知識がないと気づかない、
あるいは分からないことがある。
2 酒が飲めないと入れない店がそれなりにある。
という2大ハードルが。
近旅も遠そうである……
*オススメ*
『東京の空の下、今日も町歩き』
ちくま文庫 2006年10月刊行 ISBN:9784480422606 \840(税込)
『我もまた渚を枕 東京近郊ひとり旅』
晶文社 2004年12月刊行 ISBN:9784794966445 \1,995(税込)
続きどす。
といってもほんのメモ書きで、大した内容ではない
んだが。
『クマグスの森』(新潮社とんぼの本)
ワタリウムでは「わぁ、すげぇ」しか言えなかったので
(トホホ)再挑戦。
言ってることはやっぱり分からないわけだが(もう
諦めた方がいいのでは、自分)、熊楠のように一生
何かに没頭できるというのは本当にすごいことだ。
これが、男性の特権でなくなる日がさっさか来ると
いいのだが。
米原万里『ヒトのオスは飼わないの?』(文春文庫)
一昔前のネコと人の関係がアツい。
いや、別に悪い意味で言っているわけではないのだが。
細かいところでは意見が合わなかったりもするが、
共感できるところも多い。
最後が駆け足なのは気になるけど。
ご近所にロシア愛猫会会長がいたらいいのになぁ。
通訳に来て欲しいと思うことがある……
川村湊 『満州鉄道まぼろし旅行』(文春文庫)
幻の国家・満州は案外モダンで、結構近代的であった。
でもやっぱり今とは全然違うんだよなぁ。
一見素晴らしく合理的で便利に見える機械もビルも、
やっぱりどこか歪んで見えるのは、後の時代の人間が
結末を知っているせいかもしれない。
ちょっと狡い。
岩合光昭 『ネコに金星』
ネコの不敵な面構えも、一緒に写ってる人の柔らかい
表情もイイのだが……
犬やネコがゆったり暮らせない街ってのは、もうそれだけで
ダメじゃないんだろうか、人間にとっても。
4~5月と遊んでばっかりいたら(いつもか)、すっかり
溜め込んでしまった。
4月なんて個人的には「仁左玉祭」だったのに、途中まで
書いたのに、気づいたら4月歌舞伎どころか団菊祭さえ
終わっちゃったし。
もう今さらだし。
で。
読書の話題がしばらくなかったので、ここ1ヶ月で読んだ
本のうちのいくつかをピックアップしてみました。
澤地久枝『道づれは好奇心』(講談社文庫)
ノンフィクション作品はこうやって書かれるもの
なのか……(もちろん人によって違うだろうが)
姿勢を正して読みました。
あとがきを読んだあとで一部省略された文庫版の
表紙を見るとがっかりする。
色々事情はあるのだろうが、やっぱり何とか
ならなかったのだろうか?
荒木経惟 ・陽子『東京は、秋』(筑摩書房)
いいなぁモノクロ写真はやっぱり。
とはいえ、モノクロにも「いいなぁ」と「……で?」な
写真があるのは確かで、しかも、どこがどう違うかは
はっきり分からない。写真って妙だよね。
数十年で東京がいかに変化したかが分かる。
……アラーキー、結構昔の人?
堀江敏幸『いつか、王子駅で』(新潮文庫)
1センテンスがやたら長くて初めは馴染めなかったが、
気づけばこの文体のペースに嵌まっている。
内容も文章も世界観も独特で、それに嵌り込むのが
心地よい感じ。
ビールを飲めないけらいは、もんじゃ焼きを食べて
満腹できなかった……などという、瑣末なことを
思い出しました。スマヌ。
J.アレン・ブーン『動物はすべてを知っている』
(ソフトバンク文庫)
人と動物の完全な意思疎通について。
なるほどキリスト教圏の人には衝撃が大きいかもしれん。
でも日本人には比較的馴染み易い話じゃないかな。
ハエや蚊と友情を結ぶのは難しいかもしれんが……
それより、ストロングハートはその後どうなったん
だろう。とても気になる。教えて欲しい。
長くなったので、明日に続く。
本読む人なら使う(と思う)栞。
どんなものがお好みですか?
文庫本には大概紙の栞が入っている(新潮だけ紐ですね)。
書店で入れてくれることもある。
大変申し訳ないのだが、けらいはあれをあまり使わない。
サイズが小さくて、さっと開けないことがあるので。
(不器用なだけか?)
かといって、本より大きな紙だと、持って歩く間に折れて
ヨレヨレになる。
薄い紙だとどこに入っているか分からず、
厚いと本のページが折れてしまう。
たかが栞、されど栞。
比較的よく使うのはハガキである。
さすがに住所氏名の書かれたハガキは落とすと危険
なので避け、もっぱら写真展のDMを使う。
紙がしっかりしてる上にキレイだし。
行きたいと思ってもらったはいいが行けなかったもの、
行ってよかったと思ったもの、
色々ためてある。
とはいえ、急に必要になることもあり、そういう時は
手近にあるものをはさんでしまう。
暫定処理なので、次に栞を挟む時までに好みに合う
物を用意する(つもり)。
本が薄かったり時間があったり面白かったりすると、
暫定のままいってしまったりもする。
気をつけてはいるんだけどね。
先日、「実害はないが大変みっともないもの」を
借り物の本にうっかり挟んでしまったらしく(全く
記憶にない)、他人様にご迷惑をおかけした上に、
かかなくてもいい恥をかいてしまった。
……
急場しのぎはイカンね、やっぱり。
反省。
先日ご紹介した『武装解除』。
データは某am○zonのものを信じて書いたのだが、
よくよく見たら著者名「伊勢﨑」さんだった。
ネット上だと文字化けしてしまうのだろうか。
どこのオンライン書店も「崎」の字を使っているが。
ちょっと試してみよう。←記事作成画面だとわからない。
いずれにしても、大変失礼をいたしました。
名前はなぁ。PCだと出ない字が結構あって、大変だよな。
明日に続くと書いておいて、結局up出来ませんでした。
申し訳ない。
メンテナンス時間に引っかかってしまったのであった。
ばかだ……
で、続き。
著者は「実際に体験した人」である。
多くの場合、現場にいた人は事象との距離が近いから、
ミクロな話で終わってしまう。
したがって、第三者に伝えようとする場合、総括的な、
言い換えれば垂直な?視線が必要となる。
(なんか、自分でややこしくしてる気がしてきた)
ただ、著者の場合は「現場」とはいえ立場が上で
あったから、俯瞰が可能だったんではないかと思う。
状況説明はクリアで分かりやすい。
それと。
こちらはもちろん何も知らないので推測するよりない訳
だが、筆者の書き方は比較的公平であるように思える。
(無礼な物言いだが断定は出来ないので。スミマセヌ)
これはあくまで文章からの判断であるが。
ここにあることが現場の全てとは思わないが、1つの
ケースとして信頼に値すると思った。
いやーしかし民主主義もすっかり胡散臭いものに
なってしまった。
困ったもんだよな、アメリカ。
もっと困ったモンなのは日本だけど。
外交してないじゃん。
視野の狭さが不幸を生み出す1要素であることは、
歴史が証明している。
わずかずつでも広げていきたいと、切に思う。
英語やって国際派、なんて思ってる人、
政治には全然関心ない人、
多少は人助けしたいと思っている人、
自分さえよければイイと正直思っている人、
戦争したい人、したくない人、
悩みなんか一つもない人、
今この世で一番苦しんでいるのは自分だと思う人、
色んな人に、是非読んでいただきたい。
幸不幸は比較できないものだと思う。
「キミタチは~~と比べたら幸せだ」「恵まれている
んだから、贅沢をいうな」等という言葉には意味がない。
だが、
「立ち位置の差」は確かにある。
読んでから悩んでほしい、と思う。
これまた結構書き飽きた台詞であるのだが、昨今の
けらい、遊んでばかりいる。
書きたいのに書いてない記事がたまってしまいましたよう。
あんまり時間がないのだが、これをいいたいので。
浅いと思われそうだが敢えて書いてしまう。
武装解除--紛争屋が見た世界
伊勢崎賢治
¥ 777 (税込)
講談社現代新書
ISBN-10: 4061497677
ISBN-13: 978-4061497672
発売日: 2004/12/18
政治経済のニュースというのは一種連載もののような
ところがあって(何つー認識だぁ)、人名や組織名、勢力
関係などが分からないと、今ひとつ事態が掴めなかったり
する。
ただでも日本の国際ニュース報道は一部に偏っている上、
こちらもどえりゃあ不勉強であるため、実のところ、今
世界がどういう状況か、イマイチ、否、イマ二ぐらい
分かっていないけらいである。
そんな奴のいうことがアテになるか!といわれそうだが、
本書を強力プッシュ。
って、人に教わった本を、まるで我が手柄のように薦める
けらいである。
ティモール、シエラレオネ、アフガニスタン等において
武装解除を指揮した時の経験を綴ったのが本作である。
まずは、腹が立った。自分に。
知らなかったから。
知らなかったんだよ!
何で知らないんだよ!
それとは別に、納得もした。
勉強不足ではあるが、一応新聞ぐらいは読む。
で、
「なんやよぉ分からんが妙な気がする」と引っかかって
いたことが、いくつか解消した。
「やっぱり変なんだ」「そうだよな、変だよな」
……やっぱり、知識は必要だ。
人間無から考えることはなかなか出来ないから。
燃料となるデータは必要だ。
知識とは、視野を広めるための種である。
ゆえに、「こんなこと知って何になるのさ」という問いは
全く意味がない。
「知る」という行為そのものに意味があるからだ。
現場に行くのも大事だろうが、とりあえず、手軽な
ところで読書。
大事だよな。
改めて思った次第である。
おっと、話が逸れてきた。
しかも時間が。
もう一つ。
やっぱり公ってヤツぁアテにならない。
政府与党は当然、マスコミってのも。
まぁ、イマドキTVや新聞がホントのことをいってると
思うほどナイーブな人は減ってきているのだろうが。
(インターネットは信頼性の点では論外なので挙げない)
とはいえ、正確に言えば、誰が正しくて誰が間違って、
じゃないのだと思う。
真実ってのはメルヒェンだからな。
ありそうに見えて、多分実存しない。
とすれば、
なるべく色んなデータを集めて、
並べて検討して、
何となくではあってもオノレの頭で結論出す、
より仕方ないのだろう。
そのためにもやっぱり燃料は必要。
うん。
おお、同じことを何度も。
既にボケたか。
スンマセン、頭ん中が先走って上手く文章にならん。
が、とりあえず、明日に続く。
(こんなところで切るのかよ!)
今更何をいうまでもない、名作である。
テレビをあまり好まないけらいは、著者のドラマを
見たことがない。
その存在を知ったのは、逝去の記事を見たときだった。
彼女を惜しむ声が一斉にあがり、作品は絶賛された。
そして今も、多少の批判はあろうが、「素晴らしい」と
いう声の方が主流であると思う。
ゆえに、ずっと読むのを避けていた。
名作の誉れ高い作品は、往々にして確かに名作なのだが、
批判を許さない読者に囲まれているような気がして、
もうイヤなんである。
有り体に言ってしまえば、「みんなが褒める」作品は、
ただそれだけで胡散臭い。
「この作品は素晴らしい、良さが分からないならオマエが
悪い」というファンの……本人はもちろんそんなことは
いわない……声がうざったいと思う。
読んで面白かったとしても、「評判ほどじゃなかった」と
思えばがっかりする。
だからといって読まないと、「人生損してるね」などと
哀れまれてしまったりする。
腹が立つので更に読みたくなくなる。
褒めるという行為はとても難しい。
改めて思ってみる次第である。
とまぁこんな感じで、向田邦子は鬼門であった。
それが、何で読む気になったかといえば、料理レシピの
せいである。
何かで読んだ記事を真似したら美味しかったので、
著作をあれこれ見るようになった。
要するに、食い気に負けたんである。
しょうもない……
著者はけらい母よりも年上、どちらかといえばけらい
祖父母に近い世代の人である。
(それよりは若いが)
共有する記憶もあまりないし、書かれていることにも
それほど共感はしない。
いや、それは正確ではないな。
細かい点は分かる。頷きながら読んだりもする。
自分は違っても、ああいるいるこういう人、と
思ったりする。
ただ、エッセイの根幹にある父親像が、どうも
受け入れがたいんである。
身内であれば、あるいは同世代の人たちであれば、
懐かしい、で済むのかもしれないが。
戦前のおエライお父様方には、正直なところ
ついていけない。
それでも、読んでいると情景が目に浮かぶ、ような
気がする。
知るはずのない風景なのだが。
上手いよな。
ホントに上手い。
そしてこうも思う。
あんまり上手いので、却ってフィクションのように
見える。エッセイなのに。
もちろん、著者が嘘をついているということではなく、
創作しているということでもない。
「起こったこと」と「その事実を説明する言葉」は
完璧に一致することはおそらくなく、大なり小なり
ズレが生じる。
わずかなズレを「利用」するといったらおかしいが、
どう持っていけば決まるかを意識しコントロール
することは、読み手のツボを心得た著者であれば、
簡単に出来てしまうんじゃないだろうか。
話のうまい人の語りに引き込まれて、ふと我に
かえるとあれっと思う。
そんな感じが、読んでいる間中消えなかった。
でも、上手いと思うよ。ホントに。
面白かったよ。
さつま揚げが食べたくなりました。←また食べ物か。
父の詫び状 新装版
向田邦子
文春文庫 む1-21
ISBN 978-4-16-727721-5 (4-16-727721-2)
発行日: 2006/02
翻訳家である著者が、主に英米の料理本からレシピを
紹介するエッセイ集。
いずれも著者が実際試したレシピばかりであり、手順も
文章であらかた説明できるぐらい簡単なものである。
惣菜というよりはご道楽料理ではあるが。
料理に慣れてない人にはちょっと大変かもしれない。
読んで思ったのは、
・ヨーロッパとは文化圏が違う。
美味しそうには思えないということではなくて、使う
材料や味の感じが、「自分の日常」とは違うと。
ゆえに、読み物としてはとても興味深い。
やっぱり、文化の下世話なところは面白いよ。
小説や映画だと、案外食卓の詳細は分からないものだし。
実用書としてみた場合、食卓のアクセントとしてたまに
取り入れるのは面白い、でも常食せよといわれたら
厳しいかもしれんと思った。
(ちなみに、著者も常食しているわけではないようだ)
・一部の酒飲みはなぜ甘いものをバカにするのだろう。
寡聞にして逆はあまり聞いた事がないが。
でも周囲に迷惑をかけるのは、甘いものよりむしろ
酒であるような……
配偶者への軽い暴言は、一定の年代の男性にありがちな
こととして読み流すことにする。
最近料理がマンネリ気味の方、
西洋式食卓に憧れる方、
想像力を働かせたい方、
お試しあれ。
煮たり焼いたり炒めたり―真夜中のキッチンで
宮脇孝雄
ハヤカワ文庫JA
税込価格 ¥ 798
ISBN-10: 4150306079
ISBN-13: 978-4150306076
発売日: 1998/11
このブログ、サブタイトルに好きなモノを4つ挙げている。
が、
よくよく見ると、4つめの「本」に関する記述が著しく
少ないことが分かる。
けらい、本は好きである。
本屋で何時間も遊べるし、月に何冊も買う。
その結果、当然のように家族の居住空間を圧迫し、
ひんしゅくを買っている。
……んだけど、何だか上手く書けないんである。
何というか。
芝居であれば脚本・演出・出演者・セット・衣装・制作
などなど、いろいろな角度から考えることが出来る。
写真になると多少は減るが、撮影者と形式(要するに
使うカメラやフィルムの種類、カラーかモノクロか、
アナログかデジか、etc)、そして被写体といった
複数のもので構成されていることに違いはない。
が、
本というのは、サイズの大小はあっても基本は紙で
あり、活字を追うものである。
アンソロジーや雑誌でなければ著者は1名。
何ていうか……
本音を言うと、
「正直書いたら身も蓋もないわな」
あるいは、
「個人攻撃するつもりはないのに結果そうなりそうで
怖い」
という意識が働き、筆が鈍るのである。
(つまり毒舌ということである)
読む量が大したことないってのも敗因だろう。
(負けたのか)
せいぜい月15冊程度である。
いわゆる本好きの人には、おそらく相手にされまい。
などと思ったのは、この作品を読んだからである。
「ああ、彼らと比べたら、けらいは本好きとは
とても言えない」
素直にそう思った。
グレゴリ青山『ブンブン堂のグレちゃん』
(イースト・プレス刊・2007/06)
今は旅行漫画家として知られる著者のバイト生活を
通して、古本業界に住まう人たちの姿を描いている。
いやはや。
本は好きだけどな。
こんな風には、とてもなれない。
フツーじゃ見られない世界がたっぷり見られます。
古本の汚れを落とすコツも載ってます。
著者の自己愛が気にならないといえば嘘になるが、
興味深い記事が満載である。
古本屋好きもそうでない人も、お試しあれ。
蛇足。
しかし
「すべての古本好きの心の中には乙女が住んでる」
って……
乙女なオヤジは他人を突き飛ばして、オノレの
欲望のみを追求するんかい!
乙女ならもちっと人目をはばからんかい!
……と、古書会館で何度もどつかれた経験を
持つけらいは思うのであった。
乙女なんか好かん。おっと、さっそく本音が。
『ブンブン堂のグレちゃん』
グレゴリ青山 イースト・プレス (2007年6月)
ISBN:978-4-87257-785-3
4-87257-785-X
価格 1,155円(税込)
聞き違いであったら申し訳ないのだが……
渋谷駅東口で、先日ご紹介した雑誌「ビッグイシュー」の
応援歌を歌っている方、いらっしゃいませんでしたでしょうか。
大変大変急いでいたので、足を止めることが出来なかったんだが。
この寒い中、すごいと思う。
あいにく音楽の才能に恵まれなかったけらいには、雑誌を
買うぐらいしか出来ることがないのだが。
(イヤ歌わなくてイイから。迷惑だから)
頑張ってる人みんなに、エールを送りたい。
愛読誌「ビッグ・イシュー」(面白いよ!お試しあれ)
「表紙がジョニー・デップの号は売り切れる」ようである。
過去3回、彼が表紙の号は全て完売だ。
あ、デップ以外が売り切れないということではないっすよ。
念のため。
ただ、デップが出てくるとさらに売れる、らしい。
次号予告にデップの名前があると身構える。
「買いのがしちゃイカン!」と思うと眉間にしわが寄る。
いや、デップ、いい役者だと思うけど。
さてさて。
いきなり大作である。
けらい、最近はあまり漫画を読まない。
(ちっこい頃はたんと読んだが)
手塚漫画は初めてということもあって絵柄になかなか
なじめず、キャラクターの顔と名前を覚えるのに時間が
かかっちまった。
やだやだ。
1936年。
オリンピックに沸くベルリンに派遣されたジャーナリストの
峠は、弟の勲を不可解かつ残虐な方法で喪う。
弟が命がけで自分に託そうとした文書を守るため、峠も
また追われ、傷つけられることになる。
ドイツと、その同盟国である日本の両方に。
文書にはこうあったのだった。
「ヒトラーはユダヤ人である」
文書を巡って、多くの人物が入り乱れ、さまざまな
思惑が交錯する。
ページ繰る手を止められず、翌日はぼろぼろの
寝不足であった。
これ以上書くとつまらないので、ご自身でお試しを。
(どうでもいいが、wikipediaは「結末部分を伏せる」
といいつつネタバレしすぎているように思うのだが……
これから読む方はご注意召され)
単行本で読んだので全4冊、一気に読了した。
わからなくなるとイカンので(よほど苦労したらしい)、
メモも取った。
ヒトラー=ユダヤ人説は今は否定されているらしい
(申し訳ない、詳細はこれから)が、フィクションとして
未だ充分な魅力を持つ作品である、と思う。
人間、生まれる時代も場所も選べない。
でもって、立たされてしまった位置で頑張るしかないのだ。
一方で、人はその時々でいろいろなものを選んでいる。
些細なことから重大事まで、日々選択しながら生きている。
選んだものに、人は責任を持たなければならない。
1930~40年代の日本とドイツで、人はどう生きるべき
だったのか。
自分だったらどうしたかなぁ、とか。
色々考えました。
無残に踏み潰されたくはない、
でもあんまり卑怯な真似をするのもイヤだし。
正義ってナンだろう。
けらいは大きな言葉が苦手なので、大義だの正義だの
主義だのは避けて通るようにしている。
やたら範囲の広い「人類愛」「国際平和」とかもね。
もちろん、平和は大切だ。実現すべき理想だ。
でも、いきなり話を世界に広げる前にやることが
あるんじゃないのか?
少なくとも、ラッシュアワーに他人を突き飛ばして改札に
向かうよーなヤツ、身の周りの人に優しくなれないヤツに、
平和を云々して欲しくはないわけだな。
(だからって、「俺に平和なんか関係ない」と居直られても
困るのだが、てかそんなヤツは論外なわけだが)
話がそれたぞ。
きな臭い時代を繰り返さないためにも、是非お試しあれ。
……たださ。
これ、雑誌連載漫画だよな。
それも漫画雑誌じゃない。
一回の掲載ページ数はそんなに多くなかったのでは?
こういうことを書くと手塚ファンからバッシングを
食らいそうな気がするのだが、
「いかにも細切れ連載されてたっぽい」のが、ちょっと
気にかかる。
ぶっちゃけ、「いてもいいけどいなくてもいいよな?」
なキャラがやたら多いと思ったのだった。
それはおそらく、「毎回盛り上げて次につなげる」
形で書かれたからであると思われる。
新聞の連載小説なんかも大概こんな感じだ。
(「魔界転生」読んでビックリした記憶が)
それと、「えっあの話はそれで終わりですかっ手塚
先生っ」なエピソードも結構ある。
ハンガリー系ユダヤ人の船長とか。
お桂とか。
三重子嬢とか。
2人の男に愛されるエリザも、考えてみればホントに
エライ目に遭い続けてるのに、出番がないからその
苦しみがあんまりよくわからない。
詳しく書けないのが痛いところだが、よければ現物
見てください。
美味しいところなのに、ちょっと惜しい。
それと、手塚ワールドに暗いもんで、強大な敵の
名前が「アセチレン・ランプ」ってのは……マジっすか。
コメディじゃないんだから……
いや、いいんだけどさ……
手塚治虫『アドルフに告ぐ』
現在流通中なのは文春文庫ビジュアル版の全5巻
第1巻 1992/04出版 ISBN:9784168110139 \630(税込)
第2巻 1992/04出版 ISBN:9784168110146 \630(税込)
第3巻 1992/04出版 ISBN:9784168110153 \630(税込)
第4巻 1992/05出版 ISBN:9784168110160 \630(税込)
第5巻 1992/05出版 ISBN:9784168110177 \630(税込)
たまに、講談社版を見かけることもある、ような……
手塚治虫漫画全集372 1996/06出版 ISBN:9784061759725 \612(税込)
手塚治虫漫画全集373 1996/07出版 ISBN:9784061759732 \612(税込)
手塚治虫漫画全集374 1996/08出版 ISBN:9784061759749 \612(税込)
手塚治虫漫画全集375 1996/09出版 ISBN:9784061759756 \591(税込)
手塚治虫漫画全集376 1996/10出版 ISBN:9784061759763 \612(税込)
元警察官の登場する短編4編である。
警察官というのは、皆こんなに記憶力がいいものなのだろうか。
やたらよく気がついて、瞬発力に優れ、体力があって、やたら
自制心が強いものなのだろうか。
というか、地味と見せかけて、登場する男たちは皆超人である。
性格的には確かに不器用かもしれんが……
こういう能力持ちに不器用を名乗られたのでは、本当に不器用で
平凡な人間はどうすればいいのだ。
細かい描写を重ねることで読み手の前に世界を築き上げる手法は
いつもながら(って、そんな何冊も読んでないけど)すごいと思う。
全く縁のない世界にもかかわらず、すぐ目の前で起こっている
ことのようだ。
とはいえ、どの作品も終盤があっけないように思う。
短編だから、といわれればそうなのだが。
緻密な物語がすとんと片付いてしまい、えっここで終わるのか、
と驚かされる。
その点、表題作は最後までいい感じで気に入った。
たまには緊張感を味わいたい、という向きにお奨めする。
『地を這う虫』
高村薫 文春文庫 (1999/05)
ISBN-10: 4167616017
ISBN-13: 978-4167616014
ちなみに、単行本は読んでいないので、大幅改稿については
何も分からない。
2度買えってことなのかのう、と、ぼんやり思うのみである。
(自分は買わないけどな)
他人の夢をのぞき見したみたいで面白い。
解説と内容が被ってしまうのが口惜しいんだが、同じことを
思ったんだから仕方ない。
「あの人はどこへ」とか「あのあとの話はどうなったんだ」
なんて突っ込んでも意味ないのだ。夢だもん。
人魚の話が面白かったな。気持ち悪くて。
個人的にはクマの神様に是非会いたい。
川上弘美『神様』
中公文庫 (2001/10)
ISBN-10: 4122039053
ISBN-13: 978-4122039056
清末~民国初期の天津。足の形に恵まれた貧しい娘・香蓮が
腕のいい祖母によって作られた纏足を見出され、天津一の
名家に嫁ぐ。
婚家で足に磨きをかけた娘はついに家の全てを支配下に置く。
だがやがて時代は変わり、纏足は悪習として葬られようと
していた……
ネタバレになってはいけないのであまり細かいことは書かない
が、あらすじはこんな感じである。
(ちなみに、同著者の『陰陽八卦』文庫の解説に、本作のオチが
ちらっと書かれている。解説者は先に出た本書を読まずに
『陰陽~』を読む人がいることを想定していなかったのかも
しれないが、一応別作品なのだから、配慮不足といわざるを得ん。
ラストでびっくりできなかった。まぁ、読んでなければびっくり
したかといわれたら分からんが、それにしても腹立たしいことで
ある。ご注意めされ)
フェティシズム小説として、よく紹介されているようである。
もちろん、纏足の薀蓄は興味深い。
生では見たくないけどな。根性ありませんとも。エエ。
つい最近まで纏足の靴が作られ、売られていた(つまり纏足
世代が生きていた)ということも、考えてみればもっともだが、
改めていわれると驚く。
小足に夢中になる男たちと文字通り己の身を削る女たちの滑稽さ、
業の深さ、文化に○×をつけることの愚かしさ、世代間の対立、
価値観の違い。色々なことを考えさせられる小説である。
顔と足の形という2つの美しさに恵まれたヒロインは、大人しく
見えて常に冷静かつ怜悧、驕らず、卑屈にもならず、最後まで
面目を保ち続ける。
肉体を武器にする女のシンデレラストーリーは哀れでいじましい
ことが多いが、香蓮はあくまでドライで、そこが小気味いい。
でも、個人的にはもっと興味深いことがある。
かつて中国の女たちの地位は低かった。男が全てを決めるので
あり、女はそれに従う。タイトルである纏足も、男のために
するものである。
……ということになっている。
にもかかわらず、本書に出てくる女たちが男に媚びているよう
にはそれほど見えないんだよな。
彼女たちは他の女の小足(や、それを飾る靴)を見て美しさに
ため息をつき、憧れたり嫉妬したり自分もと努力したりする。
だが、彼らが男の好みや思惑を鑑みるシーンはない。
「キレイになりたい」のは確かだとして、それは自分のためで
あるように見える。
もちろん、男たちにちやほやされて嬉しくないわけではない
だろうが、それが第一義にはなっていない。
小説の中の男たちの影はとても薄いのだ。
例えば、ヒロインの香蓮は自分の夫には全く関心を示さない。
確かに夫は大変出来の悪い男ではあったが、仮にも長男である。
彼の妻という地位を失ったら、彼女は貧民街へ逆戻りかも
しれない。
にもかかわらず、香蓮は夫の機嫌を取り結ぼうなどという気は
カケラも示さない。
後に香蓮が家長を喜ばせようとするのは、無論彼が権力に直結
しているからであるが、それ以上に彼女自身が自分の足に惚れてる
からである。そして、他ならぬ家長(とその愛人)が、彼女の足の
素晴らしさを教えてくれたからである。
権力争いをする中国の女たちは、男をさほど意識していないように
描かれることが多い……ように思うのだが、気のせいだろうか。
描いてるのも男性なのだが。
映画「紅夢」を見たときも思ったんだよな。
あれは夫の寵愛を競う4人の妻たちの話だが、彼女たちは跡継ぎを
生もうとはしても、夫個人に気に入られようとはしない。
彼女たちの努力はあくまでポストを得るためのものである。そして、
争われているはずの夫の顔はスクリーンにほとんど出て来ないのだ。
もちろん、狭い世界で小さい勝負せざるを得ない女たちの立場が
弱いのは確かであって、安易に肯定すべき状況ではないのだが、
そんなに湿っぽい感じがしない。
正確に言えば、この小説自体、心理描写はあまりなく、恋愛感情も
描かれない。親子の情が若干、でもそれもさらっと流されている。
湿っぽくなりようがないというほうが正しいのかもしれない。
人はまず自分のために身を飾るものである。
異性の賞賛は虚栄心の養分であって、主たる目的ではない。
……という見方があるけれども、なるほどそうかもしれないなぁ。
だからこそ、あさってな方向に力入れてる人間がもてない、
という事態が(多々)発生するのかも。
(筋肉は男が思うほど女に受けないとか、女の喜ぶカワイイ服が
男の目には???だったりとか)
細く高いヒールも妙な形の「お洒落」な靴も、傍目には立派な
纏足である。
足を愛でる習慣のないこの国にも、足を型にはめる人は大勢いる。
皆様頑張ってくだされ。←あくまで他人事
『纏足―9センチの足の女の一生』
馮驥才/納村公子 小学館文庫 (1999/03)
ISBN-10: 409403241X
ISBN-13: 978-4094032413
うーむ。
あらすじ聞いたらありがちだと思い、話をすんなりまとめると
確かにありきたりなのだが、そこに至るまでの描写はありきたり
ではなく、なるほどと思わせるだけのものを持っている。
多分、細かくヒアリングしたのだろうし、取材された方も熱を
込めて語ったのだろう。コエーリョは元々女性キャラクターを
描く方が上手いと思うけれども、「男性が描く売春」が与える
だろう不快感を(もちろん受け手の個人差はあるだろうが)
それほど感じさせない。
これは、すごいことだと思う。
一方で、娼婦が心から愛する男性にめぐり合い……という
プロットはやっぱりどう考えても陳腐だとも思うし、愛と性と
いう個人的なことを「定義づけ」してしまうのはどうかとも
思う。なんか、そう単純化していいいのか?と。
もちろん、これは小説であり、あくまで一人の女性が語ったと
いう形になっているわけだが、マリーアやラルフが語る時は、
明らかにコエーリョが語ってるわけだからさ。
SMについてはなおのこと。
あと、場当たりなマリーアがたまたま入った高級店に雇われ、
危険もなく体を売ってきたっていうのは、いくらフィクション
とはいえ、ちょっとイージーなのではないだろうか。
あと、キャラクターが、統一感あるようでないのが気になる。
視野の狭いもの知らずのラテン娘だったはずのマリーアは
いつの間にやら思慮深くなってるし、ブラジル人にしては
律儀で真面目である(偏見?)。
日本の若い子かと思っちゃったよ、読んでて。
彼女に愛されるラルフ(だっけ?)も、芸術家という側面が
途中からどこかへ行ってしまった。
第一、才能溢れる画家の割にどことなく貧乏くさいのがなんだかな。
構成的にも、あっさりお役ゴメンになるサディスト君のことを
あんなに説明することはなかっただろうし、図書館司書の性生活も
まぁどうだっていいよね。
何か、登場人物が半端な感じなんだよな。
でも、そこここに名言がちりばめられているのは確かだと思う。
ひねくれて受け取らなければね。
個人的には、嫌な考えが浮かんだ時のマリーアのかわし方が参考に
なった。
これからは空を仰いで耳を傾けることにしよう。
角川文庫 (2006/1/25)
ISBN-10: 4042750079 ISBN-13: 978-4042750079
著者の劇団「大人計画」は一度しか見たことがない。
(ちなみに「ニンゲンご破産」@シアターコクーン)
中身はまぁ面白かったけど、上演時間長すぎ。
やりたいこと全部やってんじゃねぇよガキじゃあるまいし!
刈り込んで来んかい!
と思って、それっきり見てません。
(スミマセンね下品で)
それはまぁともかく。軽い気持ちで手にしたわけです。
ぬるい地獄、すなわち「本人メチャ辛いのに、世間は
そうは思ってくれない」地獄。略称ぬるじご。
……あるなぁ。
あるよ、そういうこと。うんうん。
大手を振って辛がれる(誤用承知)のって、それだけで
幸せなんだよ。
世間様からはみ出しがちなけらい、いたく共感。
よっしゃあ見てみようじゃないか。他人の不幸は面白い。
(結局やじ馬)
失恋話や子役やら若ハゲやら痔やら、悲惨なのに笑える
不幸が並ぶ。いっとー正統なぬるじご=役者の付き人、
なんじゃないかな。幸せそうだもん。
いじめの話は笑い事のようにのほほんと書いてあるけど、
中身深刻すぎて笑えません。
で。
中に一つだけ、系統違いで浮きまくってるインタビューが
ある。
で。ぬるじごでもなんでもないこの話、インパクトの点で
他のすべてを凌駕する。
地獄を見、深く関わり、でも当事者にはならないってのは、
地獄の渦中(というのかな)にあるのとどっちが辛いの
だろう。
インタビュイーはメディカルアート職人、すなわち義肢
装具士の製造者である。
何らかの事情で失われた体の一部を、人工的につくる人。
「患部・症状がなくなったらそれで治ったことにする」
のが日本の医療で、だから、失った後のケアはほとんど
行われていない。
その空白部を埋めるのが彼なのである。
けらいは幸いあまり病院とは縁がない。
医者に恨みは……まぁほとんどない。
現場の人は頑張っていると思う。あんま知らないけど多分。
でも病院は好まない。薬も嫌いだし。
てか、「センセイ」とつく職業は一律胡散臭いと正直
思ってます。偏見承知。喧嘩なら買うぜ。←やめとけ!
いや、そんなことはどうでもいいや。
義肢というのは体のパーツなのだから、お仕着せという
わけにはいかない。
他との調和ってものがあるからね。
で、違和感のないようなパーツを作り上げるのが製造者の
作業ということになる。
だが多くの患者は既に大きな喪失感を抱えている。
失われたパーツはもはやただのパーツではなく、「患者が
失ったと思っているもの」である。
患者本人が違和感を感じる限り、どれほど元のパーツと
似ていようがそれは「失敗作」なのであって、違和感には
客観的な基準がない。
かくして製造者はただの技術者でなく、「患者の抱える
苦しみをぶつけられる人」になる。
こういうケアがいままであまり行われてないというのは
不思議なことである。日本人手先器用だし(むろん例外は
ある。けらいだ)、こういう作業好きそうなのに。
好き嫌いの問題じゃないのか?
流行のQOLを考える時にでてこないというのが意外だ。
それで今まで来てしまえるってところが、日本の医者の
おエライところなんだろうな。
褒めてないよ。
しっぽが曲がっているおうさま。
かぎしっぽは幸運をもたらすって聞いたけど。
頼むぜ。←他力本願寺詣で
松尾スズキ『ぬるーい地獄の歩き方』文春文庫(2002)
ISBN-10: 4167656302
ISBN-13: 978-4167656300
初期作品だなぁ。
緊張感あるなぁ。
無駄なところが一つもないというか、考え抜かれた文章と
いうか。息をつめて読んで、物語の終わりと共に吐く、
という感じ。
違う話なのに雰囲気似てるけどな。キャラクターの、寡黙で
頑固で心弱いのに意外に強い、という共通点(だがこれは
誰もが持つ性質でもある)のせいなのだろうか。
「黒い縄」
最後のどんでん返しはまぁイイとして、かくまった男と
いきなり、ってどーよ。いくら前から想ってたからって。
1人と2人じゃあ布団の盛り上がりも違うだろうに、よく
ばれなかったなぁ。
ヒロインのしんどい立場は理解できるが、どことなく
愚痴っぽくて共感はしづらい。宗次郎も随分と脳内美化
されてるよね。
「暗殺の年輪」
主人公、暗い!取り付く島がないじゃないか。友人だった
男の心変わりがいやにリアルでいい感じ。でもお偉いさん
方の下司っぽさは却って不自然な気がしたな。あんな台詞、
思っても口にするかな?
いいのはお葉と菊乃、どちらが、ではなくて、2人いる
ところがイイ。お葉は蓮っ葉に見えて結構健気だし、でも
蓮っ葉で元気だから健気さが鼻につかない。こういう役は
往々にして男にばかり都合がいいからな。
そしてチョイ役だが菊乃が実は凛々しいのだ(好みのタイプ)
(聞かれてない)。
そして母親・波留の死に様が哀れに鮮やかである。
「ただ一撃」
ストイックな話なのにエロく、シリアスな話なのにいやに
生活臭がきつい。妙な話である。江戸小説には時々
刈谷範兵衛のような超能力者が出てくるが、尋常でなく
強い男というのは一種のメルヘンとして許せる。
嫁女の三緒は可愛らしくて魅力的だが、異臭のする男を
受け入れる心理は分からん(思わず「先に風呂入れよ!」
とツッコミ)。いくら元々夫より舅が好きだっていっても、
ねぇ。
「冥い海」
人間関係を捉えるのに苦労した。スミマセンね無知で!
(逆切れ)(誰に)。広重に対抗心を燃やす老いた北斎
(だが北斎はなぜいつもジジイのイメージで描かれるの
だろう。気のせい?)、というのは面白いんだけどね。
男のせいで転落するお豊も気の毒なんだけどね。でも、
正直ラストには拍子抜けしました。史実と違うことは
起こらないとは思ったけど。
「囮」
見張り役が標的に惹かれていく、というのは……見つめる
うちに情が移る、という気持ちは分からんではないけど、
いささか安易なんではないだろうか。クラス替えのたびに
好きな人を探す中学生みたいだ(どんな比喩)。工房の中の
人たちが、さほど描かれないのに実体を持つ人間に見える
のはさすがだと思う。それと、「彫宇」の名前が読め
なくて(恥)ルビの振られた登場シーンに何度も戻った
ことを告白しておきます。
と、さんざ書いといてナンですが。
面白かったです。
いや、ホントだよ。
藤沢ファンだもん、私。
藤沢周平 「暗殺の年輪」 文春文庫(1978)
ISBN-10: 4167192012 ISBN-13: 978-4167192013
見張りにはならないおうさま。
年に一度のお楽しみ。
新刊半額。よい時代になったものです。
毎年出るけど毎年売り切れ、という人気本も
あるよね。
去年逃したあの本を、今年も逃すあの悔しさ。
(ただ愚図ともいうが……)
うっかり調子に乗ってざくざく注文してたら
支払画面でトラブってしまい、なんと
同じ本を3冊ずつ買ってることに!!!
買ってない本までカートに入ってるし!!!
(シャノアールブックサービスって合計金額
出ないんだよねぇ。密林に慣れてる身には
ちと不安だったりして)
戻ったり入力しなおしたりして、すべて
完了した頃には真夜中過ぎ。
振り向いたら、おうさまは寝てました。
けらいだって眠い。
果たして注文は正しく通っているか。
どきどき。
通ってた。
……明らかに買いすぎ。
外側はおうさまに差し上げます。
箱入り息子。
田辺聖子著『甘い関係』を読む。
(文春文庫 1975年01月 ISBN4-16-715302-5)
若い女3人の「ワリカン自立」生活を描く長編。
取り留めないように見えるのは新聞連載小説だった
からかも。
でも、パラパラして見えてちゃんと物語になって
いる辺り、しかもただ劇的に盛り上げて終わる
のではなく、サプライズと肩透かしのバランスが
いいのがいかにもリアルで、さすがだなぁと
素直に思う。「ダンスと空想」も、そういえば
そんな感じだったな。着地点が見えないまま
読んでいくと、やや苦い、でも「ああそうか」と
思えるラストが待っている、という。
3人の年齢設定(20そこそこなのに社会経験もそれなり)、
BGだのミルクホールだのといった言葉づかいや
ベトナム反戦に時代を感じるものの、登場する人たちの
心理や行動は現代のそれとさほど変わらないように
思える。もちろん、恋愛・結婚観はいささか古めかしい
けど、でも、今でも結構いるよね、こういうことを
言う人たち。
周囲に振り回される損なキャラと見せかけて、実は勝手な
思い込みでおせっかいを続ける彩子のダメさにはイライラ
させられるが、彼女の恋愛がはっきり決着しないまま終わる
ところがいい。しっかり者の美紀が、ナレーションでは結構
けなされているのは興味深い。男性読者対応なのだろうか。
彼女のロマンスはメロドラマっぽいよな。身近な男のよさに
気づいたからって、即恋愛感情を抱かずともいいでしょう。
好意ってもっと幅広いもんだと思うけどなー。
まぁいいけどさ。
そして不思議ちゃんの町子がユズルと出会うシーンの
気まぐれぶりを描く筆の鮮やかなこと。それだけに、後半で
彼女の出番が少なくなってしまうのは残念だったな。
男たちは、細かいタイプは違うものの、みな「いいかげん」
というところがかぶっているんだよね。作者の男性観なの
だろうか。一人ぐらい違うのがいてもよさそうなものだが。